23.Sep.2009
by Shinkichi Mizutani

「整備」の誤解

匿名で、和歌山県の主婦の方からお手紙をもらいました。

9月上旬にルイ・ヴィトンさんのサポートでスタートした、長野県小諸市の森づくりについて新聞記事をご覧になってのお手紙。

よくよく内容を拝読すると、「森を整備する、というのは公園をつくることなのか?であれば不安だ」というご意見。

あくまで「記事を読んでの憶測」とことわっての投書なわけですが、どうやら「森林整備」という言葉に「造成」のような意味を連想されたらしいです。

もちろん、公園を造るわけではありません。今の森に大幅に手を入れて、人工的なものを作り上げるわけでもありません。

人の手によって植えられた森(人工林)がきちんと次世代に引き継がれるために密集しすぎて生育が阻害されている木を取り除く「間伐」などを総称して「森林整備」と呼ばれています。

これまで人の手が一切入らないで自然淘汰の中で歴史が刻まれてきた森林は、あえて人の手を入れる必要はないでしょう。しかし日本には今や原生林はほとんどなく、人の暮らしと絶妙な調和のなかで循環してきた森が圧倒的に多いです。天然林だって、室町や江戸の時代に手が入っていた形跡は見ることができます。

「森を守る」ということが、「まったく手をつけない」という先入観や、

「間伐」=「切る」だからNG、という誤解はまだまだ一般的で払しょくできていないことを実感しました。

先日パルコで講演をしていただいた田中淳夫さんの

「日本の森林率は世界屈指。国内では、森林の「量」でなく「質」がいま問われている」

というコメントを思い出します。

日本の森の質を上げるための「整備」の重要性も説いていきたいところです。

 

水谷伸吉

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